2003年3月15日(土曜日)、“JR東日本パス”で東京から、新幹線『はやて』八戸行き、特急『スーパー白鳥』函館行きを乗り継いで、5時間弱。青森を過ぎてまぶしい雪原の先、蟹田までやって来ました。特急電車から乗り換えるのは、津軽線、三厩(みんまや)行きのディーゼルカー。 |
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目的地は竜飛崎。終点の三厩からタクシーを飛ばして、岬の丘にそびえる風力発電の風車の根もとに行ってもらいました。 |
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岬の灯台への丘は、かつて青函トンネルの工事が行われていたときに、労働者の街ができていたところだそうで、「小学校なんかもあったんだ」とのこと。実は青函トンネルは竜飛崎の真下に通っていて、竜飛海底駅があり、地上には“青函トンネル記念館”があります。それとは別に、石川さゆりの『津軽海峡冬景色』の歌碑(?)もあって、ボタンを押すとスピーカーから2番が流れる(苦笑)そうですが、「いやべつにいいよ(^^;)」と先に進んでもらいました。 |
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竜飛崎の灯台でタクシーを降りました。今日は穏やかな方だと言うけれど、「帽子飛ばされたりしないようにね」とのタクシーのおっちゃんの言葉通り、風はめっぽう強い。 |
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灯台の前に戻って、“階段国道”を降りて行きました。ここは戦前に、役人が地図だけ見て国道に定めてしまったというところで、竜飛の集落と灯台の間の、何の変哲もない階段だけれど、ちゃんと「339」の青いプレートが立っています。雑学クイズなんかでよく出てくるところだったりもしますね。 |
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帯島(おびしま)という岩山に守られた、小さな漁港が見えて、集落へ降りました。しかし、住民の人にしてみれば、“階段国道”なんて言ってよそ者が自分の家の軒先を通るのはあまり快く思っていないかも知れず、どんなものでしょうか。 |
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竜飛の集落に降りると、太宰治の文学碑(「ここは本州の袋小路だ」)があるけれど、そういうのはただの作り物に過ぎないし…。 |
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翌朝は、まず弘前城内を歩きました。除雪された雪がうず高く、しんとした城内に時折、ギーッという音が響きます。キツツキが幹を叩いているのですが、まるで村上春樹の「ねじまき鳥」のよう。春は桜の名所だそうで、枝垂れ桜の老木が多い。 |
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弘前の市街地からは美しい岩木山がのぞめます。 |
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JR五能線で五所川原へ行き、津軽鉄道に乗り換えて金木へ。有名な津軽鉄道の「ストーブ列車」には、残念ながら旅程の都合で乗れませんでした。 |
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金木の集落から、畑の間の道をうろついているうちに、一駅先の芦野公園駅まで歩いてしまいました。時期が時期だけに、売店も何もかも閉まっていて、うらぶれていました。公園も誰もいなかったなぁ。。。 |
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五所川原に戻って、JR五能線で淋しい日本海の海岸に沿っていきます。 |
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この後は秋田に出て、秋田新幹線の最終『こまち』号で東京駅まで帰り着きました。 |
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JR東日本の完全民営化記念キャンペーンで発売された“JR東日本パス”でしたが、、、2日間用は12,000円でJR東日本の新幹線・特急列車乗り放題。鉄道マニアの大移動大会みたいになって(^^;、期間中の東北地方の鉄道沿線はかなりの人出でした。行きの新幹線『はやて』号は指定席がまったく取れずにギリギリで立席特急券を確保するしかなかったですし。五能線なんて、日本海の荒海が眺められるというので最近ちょっと評判になってるところでしたから、カメラをぶら下げた中年の旅行客がたくさん目に付きましたし、津軽鉄道のストーブ列車とすれ違ったときも、カメラの砲列になっていました。 |