とぼとぼ韓国/第4日


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仏国寺

 9月25日、水曜日。9時20分頃に宿を出る。慶州の市街地から東南へ10キロほどのところに、仏国寺(プルグクサ)がある。今日はそこへ行ってみようと思う。その帰りに国立慶州博物館に寄って、慶州はおひらきということにしよう。

 高速バスターミナル前のバス停から、10番という路線バスに乗る。運賃は前払いで1050ウォン、運賃箱に入れる。

 この10番のバスは、バスターミナル前から駅前を通って、市街地の東にある『普門観光団地』(普門湖の湖畔にあるリゾート地)を通って、仏国寺に至り、東南からの鉄道線路沿いに市街地に戻ってくる、という循環路線になっている。同じ経路を逆方向で循環する、11番という系統もある。

 市内の、例の農協の角を曲がったところで、なぜかバスが停車して運転手が降りていき、別のオッサンが乗り込んできた。一瞬何事かと思ったが、オッサンはそのままバスを運転していく。こんなところで交代???

 仏国寺までは30分ほど、幹線道路を飛ばす。途中、ぼくには手の届かない(届いても仕方がないけれど)高級ホテルが立ち並ぶ、普門観光団地を通る。慶州観光、ウェリッチ・チョースン、慶州ヒルトン…。ヒルトンの前からは、「プル、グク、サー?」と言って、初老の日本人夫婦が乗り込んできた。おそらく、ぼくの10倍くらいの宿泊料を払っている人たちである。

* * *

 仏国寺の広い駐車場に着いて、乗客が降りる。先ほどの日本人夫婦、ヒルトンあたりに泊まりながらこんな現地の路線バスに乗ってくるのは見上げた心掛けだけど、ちょっと注意力不足で、降りるべき仏国寺の駐車場に着いたことに気付いていない。「ここですよ!」と日本語で注意喚起する。

 駐車場から遊歩道を5〜6分ばかり登っていくと、山門がある。拝観料は3000ウォン。――仏国寺は見事なものだった。安養門の石積みの具合がたいへん美しい。庭園はモミジが多くて、これは紅葉の季節に来なければならないなぁ、と思う。

吐含山仏国寺


鄭夢準

 11時20分頃、とりあえず食事でもしようか、と、食堂や土産物屋が並ぶあたりをうろうろしていると、おばさんが、「さんさい、ぴびんば」とぼくを呼び込む(それにしても、ぼくが日本人だってことは一目見て分かるんだねぇ)。5000ウォンだというので、ちょっと高いけど観光地価格かなぁ、と思って入ってみることにした。

 小さな食堂だった。メニューを見て「ねんみょん(冷麺)」と言うと、マズいからやめろ、という意味のことを言う。マズい…?!(苦笑) まぁ、辛いからおまえの口には合わないだろう、という配慮かな、と好意的に受け取って、「さむちぇ・ぴびむばぷ(山菜ビビンバ)」を頼む。

 客はぼく1人で、ぼくを呼び込んだおばさんと、うだうだしてるもう1人のおばさんがいるだけ。おばさんは料理しながら、「こちゅじゃん、からいよ」と言いながら、スプーンに大盛りのコチュジャンを入れる。

 ビビンバは、まあ、マズくはなかった。辛いものを食べていると、キュッと胃が縮むような感じがするけれど。

 テレビがついていて、政治討論番組を流している。大きなホテルの会議場のようなところで、1人の人物を囲んで、KBSやMBSなどの各放送局の論説委員のような人たちが意見を求めている感じだ。――しばらくするとテロップが出て、「チョンモンジュン」と読めた。鄭夢準。韓国政界の大物だ。

「この人が鄭夢準なの?」
「そうだよ」
「韓国の次の大統領?^^;」

 おばさんは苦笑いして、「あー、ちゅるまじゃ」と答えた。“出馬者”。政治の話なんてするものじゃなかったのかなぁ。でも外国人だから許してね。(^^;


石窟庵とFlitz、国立博物館

 5000ウォン払って、食堂を出る。「韓国語うまいじゃないの」みたいなことを言われたが、お世辞にしても嬉しい。

 さて、仏国寺の門前の駐車場から、さらに山を登ったところにある、奥の院のような『石窟庵(ソックラム)』行きのシャトルバスが出ていた。1時間に1本、毎時40分発。12時40分発のバスに乗る。1050ウォン。

 バスはつづれ折りの山道をぐんぐん登っていく。茅野から白樺湖に登っていくあたりでこんな道があったなぁ、なんて思う。眼下に慶州の盆地の風景が広がる。金色に実った水田が広がっていて、日本とそっくりだ。

 15分ほどで石窟庵の駐車場に着いた。客はぼくの他に、気の弱そうな日本人の男性2人組と、スポーツサングラスをかけた西洋人の若い男性1人だけだった。

 駐車場から林の中の道を歩いていくと、その西洋人が英語で話しかけてきた。

 「日本人か?」
 「日本人だ」

 彼は“ヴィニスーイラ”という国から来たと言う。何度も聞き返してしまったが、南米のヴェネズエラのことだった。並んで、話しながら歩く。――彼の名はFlitz。石油の会社に勤めていて、タイのバンコックで働いているとのこと。「今はバンコックだけど、次は世界中どこに飛ばされるかわからない」なんて言う。

 「休暇になると、旅行してまわってるんだ。日本にも行ったし、中国とか、香港とかもね」
 「今も休暇なの?この旅行はいつまで?」
 「明日、高速バスでソウルに行って、29日の飛行機で仁川空港からバンコックに帰る。10月1日から仕事だ」

 ぼくとずいぶん似たような行程である。

 慶州市内では“park hotel”に泊まっていると言う。あの『慶州パーク観光ホテル』だ。安いところだよ、1泊52,000ウォンだ、と言うので、――ぼくはもっとチープなホテルだよ、2泊で50,000ウォンだもん、なんて話して、笑いあった。

 石窟庵は、山肌に拝殿がめり込んでいて、その中のガラスの向こうはドーム状になっており、白仏が鎮座していた。ぼくは東洋人であるので、一応、手など合わせるが、Flitzは、「これだけかい?」なんて言って、あまり満足しなかったらしい。

 駐車場に戻る。帰りのバスは14時00分発、それまで、尾根になっている駐車場から、山並みの風景を眺める。

 Flitzはなんと、慶州市内から仏国寺までレンタサイクルで来たらしい。「近いと思ったんだけどね、遠くて大変だった」なんて言う。そりゃそうだ、10キロ近くあるし、山を登るんだから。。。ハーフパンツから伸びる脛の傷を指して、「これは日本でできた怪我、これは釜山…」とおどけてみせる。

 「韓国はどこに行っても日本人のtouristsばっかりだ」
 「すいませんねぇ、ぼくも日本人だけど^^;」

 日本にも行ったと言うので、日本の印象を訊いてみる。――「日本の人って、外国人にあまり親切じゃないと思わない? 申し訳ないけど」

 「んー、東京は特にそうかもしれないね。でも東京は巨大なmetropolitanだからしかたないんじゃないかな。でも京都はそうでもないね、あそこは何と言うか、もっとtouristicな街だからね。」

* * *

 仏国寺の門前に戻って、Flitzは停めてあった自転車の鍵を外す。彼はこれから自転車で国立博物館に行くと言う。「ぼくも国立博物館に行くけど、バスに乗るよ。」「それが正解だ。俺もバスで来ればよかった。^^;」

 バス停には時刻表も何もなく、いつバスが来るのかわからなかったが、5分ほど待つと10番の路線バスがやって来た。――バスは坂を一気に下って、国鉄の仏国寺駅の近くで、蔚山(ウルサン)と慶州を結ぶ国道に入る。その交差点のあたりで、自転車で駆けるFlitzがちらりと見えた。

* * *

 路線バスは、慶州市内に向けて国道を爆走する。途中、国立慶州博物館の前で降りなければならないのだが、停留所の案内が流れるわけでもなし、猛スピードで通過する停留所の表示に目を凝らしても、そもそも“次の停留所は××”なんて書いてあるのかどうかもよくわからない。運転手に一言、「くんにっぱんむるぐゎん(国立博物館)!」と言えばいいんだろうが、信号も少ないのでほとんど停車することがなく、タイミングが計れない。地図と、道路の交差の具合を必死に見比べて、そろそろ次の停留所が博物館だろう、と思うあたりで、ブザーを鳴らした(一応、下車を知らせるブザーだけはついているのが不思議だ)。

田んぼの中の『博物館』バス停。停留所名の両側に、隣の停留所名が書いてあるかに思えるが、左は「市内」、右は「仏国寺」と書いてあるだけなので、次の停留所がどこなのかはわからないのだ。 幸運にもぼくの推測は間違っていなくて、ちょうど「国立博物館」のバス停だった。うまくいったのが嬉しくて、思わずバス停の写真など撮ってしまった(苦笑)けれど、こんなことがそう何度も続くかどうか。異国の路線バスは油断できない。

 国立慶州博物館は、かなり大きな施設で、古墳群や雁鴨池など、近在の遺跡からの出土物が集められている。石器時代から統一新羅時代までのものが中心だ。ぼくが入ってしばらくすると、韓国人の団体や、小中学生の集団が先生に引率されて突入してきて、広い敷地内が大騒ぎする子供たちでいっぱいになった。

小学生たち国立慶州博物館
聖徳大王神鐘の前で、小学生の御一行様が記念撮影。広い敷地の、国立慶州博物館。


慶州の夜

 国立博物館ではFlitzを見かけることはなく、ぼくは昨日と同じ道を歩いて、17時前に、いったん宿に戻った。

 部屋で休んでいると、テレビで、“作家○○が、箱根を旅した。”みたいな感じの番組をやっていて、韓国人の“旅人”が小田急ロマンスカーと登山電車で箱根の彫刻の森なんかを訪れている。ぼんやりと見ていたが、これでは慶州の印象が箱根になってしまう、と思い直して、テレビを消した。

 18時半頃、再び宿を出て、例の農協の角から「城東市場(ソンドン・シージャン)」という慶州の中心街の方に曲がる。市場では得体の知れない生臭い料理やら何やら、大変な賑わいだ。大通りの歩道でも、露店で果物や魚を売っているオバサンがたくさんいる。

 もう少しハイカラ(?)な繁華街もあって、そこはマクドナルドやケンタッキー、ベネトンの看板を掲げたブティック、映画館などが並んでいて、若者であふれていた。

 本屋を物色する。村上春樹の『ノルウェイの森』が、『喪失の時代(さんしれ・しでー)』として翻訳されているのは知っていたが、『神の子供たちはみな踊る』の翻訳も目にした。タイトルは直訳で、『しねあいどぅるん・もーどぅ・ちゅむちゅんだ』だったかな。しかし、荷物になるから買い物はソウルで帰国前にしよう、と思っていたので、まだ買わない。

* * *

 すっと入れる雰囲気の食堂を探してうろうろ歩き回った結果、ちょっとこぎれいな韓定食屋さんに入った。

 テーブルにつくと、若いインテリ風の男性店員が何か言うが、聞き取れない。英語で「ごめんなさい韓国語わかりません」と言うと、あ、外国人ね、というわけで、メニューを英語で説明してくれた。――ここは3種類の韓定食しかありません、ひとつは××でこれこれこういう料理、もうひとつは○○…。」2つめの“テンジャンチゲ”を頼む。いったん厨房の方に注文を伝えに行きかけたがまた戻ってきて、――spicyだけど大丈夫か?」と訊くので、イェス、オーケー、などと答える。

 韓定食を食べるのは初めてだが、いろいろなキムチや小皿料理がテーブルにどかどかと並び、1人で食べるとちょっと虚しくなる。しかし、キムチはただの「突き出し」のようなもので、そんなにガツガツ食べるものではなく(と言うか辛くてそんなに食べられない)、食べる部分は、本体(?)のチゲ鍋とご飯くらいのものだ。

 しかし、魚介類の入ったチゲ鍋は十分においしかった。これで4000ウォン(417円)。良心的! 店を出るとき、その若い店員は、「Have a nice stay!」と声を掛けてくれた。


韓国の「旅館」

 ここで、韓国の「旅館(ヨグヮン)」について触れておきたい。

 温泉マークをつけた旅館がたくさんある、というのは前述の通りであるが、これがいったいいかなる宿泊施設であるのか、という点は、ぼくにはよくわからない。

 まず、昼間はわからないが、夜になるとネオンがものすごく怪しい。赤や緑の毒々しいネオンが明滅して、ちょっとあまり近寄りたくない雰囲気。

昼間夜
昼間はこんな感じ夜はこうなる

 次に、宿泊の仕組み。この手の旅館は、1室いくらで料金が決まっているので、1部屋に1人で泊まろうが2人で泊まろうが料金は同じである(たいがいダブルベッドで定員2名のようだ)。そして、チェックイン時に料金を先払いして鍵をもらう。翌朝はフロント(?)に鍵を返すだけ。──食事も出ない、レストランもない、ただ客室がならんでいるだけ。さらに言えば、宿帳さえ書かない。旅館と言うよりは、日本の感覚からするとラブホテルに近い。そのものずばり、「モーテル」と呼ばれることもある。ぼくが慶州で泊まったセボジャンも、「旅館」とも書いてあるが、「セボジャン・モーテル」でもあった。どっちが正式名称なのかは不明。(ただ、「モーテル」という言葉の語源的には何らいかがわしい意味はないんだけど。)

 ぼくの推測だが、これらの「旅館」もしくは「モーテル」は、日本で言う「単なる安宿」と「連れ込み旅館」の両方を兼ねているのではないか。日本では、特に都市部では完全に、「ラブホテル」という形態が独立・進化しているけれど、韓国ではまだそのへんが未分化なのだろう、と思う。──後日、ソウルの江南(カンナム)地区を歩いたら、…これはまず間違いなく日本と同じラブホだろうな、と思われる建物をいくつも見た。宿泊施設の目的別分化・発展というのは、都市化とともに起こる現象なのだろうか?

 それはとにかくとして、今回、韓国でそういった「旅館」に泊まっている間、怪しい物音を聞いたりすることはいっさいなかった。ただ、慶州では、旅館から旅館へオートバイで移動する年増の女性を見たけど、あれって…。

 ──なんてことを一人で考察してるのも虚しいので、このくらいにしておきます。韓国の安宿には他にも、「旅人宿(ヨインスク)」というのもあって、これはもうちょっとラディカルかつ危険なところらしい。詳しくはガイドブックなんかを参照してください。

 ただ、この手の旅館で夜に火事でもあって焼け死んだりしたら、異国の地で完全に匿名の死体になりかねないなぁ、という気も、しないでもない。まぁ、そこまで心配しはじめたら旅行なんてできないんだけど。。。



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